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組織と理念

保護された少女のインタビュー

アフェシップを襲った事件

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 保護された少女のインタビュー        

村に戻って雑貨品を売る仕事をしたい

by テヴィー・コン(仮名)さん(18歳)

テヴィーさんは、数多くの買春宿に次から次へと売られ、一時はタイ国境の買春宿で働かされたこともあったそうです。彼女自身は逃げたかったのですが、道がわからなく、迷子になってしまうと思い、逃げ出せなかたとのこと。そして、警察の捜査により、彼女はようやくプノンペンの買春宿で救出されました。

 

Q:

家族のことを話してもらえますか?

A:

6人兄弟で一人の兄がいてあとは弟が4人います。父は、私がアフェシップの保護センターにきてから肺の病気で亡くなりました。2ヶ月前のことです。

Q:

出身はどこですか? 人身売買に巻き込まれる前にどんな生活をしていたのですか?

A:

タケオ州の村です。家族中でたきぎを拾い集めて、市場で売って生計を立てていました。朝5時から夕方5時まで探し回ってようやく二束から三束を家族で集めることができました。たきぎ一束の値段は、1500リエル(約40円)なので、一日の家族の収入は、3000から5000リエル(90140円)でした。おかずが買えないで、ご飯だけを食べていたこともあります。

Q:

学校は何年間通ったのですか?

A:

小学校3年までです3年生を終えたとき、11歳だったのですが、そのとき、親戚のおばさんがやってきて、プノンペンの縫製工場で働かないかと誘われました。不安でしたが、家が貧しかったのと、縫製工場で働けるかもしれないということで、おばについていきました

プノンペンに着くと、おばは、買春宿に私を売ったことは一言も言わずに、とにかくここにいなさい」と言って出て行きました。

Q:

アフェシップの保護センターのどんなところがいいと思いますか?

A:

勉強することができ、職業訓練が受けられ、いい食事が与えられ、たくさん眠れることです。買春宿では、12時まで働かされていました。

Q:

カウンセリングは?

A:

月に2回、個別のカウンセリングを受けています。カウンセリングのあとは気が楽になりました。夕方の5時から6時はグループディスカションをします。

Q:

友だちに過去のことを話したりしますか?

A:

いいえ。早く忘れたいので。

Q:

職業訓練はどのコースをとっているのですか?

A:

調理です。近くの食堂で実習しながら、理論も習っています。

Q:

将来の夢は?

A:

村で雑貨品を売るなど何か小さな商売をしたいです

Q:

村の人は、何が起こったか知らないのですか。

A:

誰も知りません。小さな弟など家族は私が戻ってくるのをとても喜んでくれています

 

所長さんに話を聞いて

インタビューのあと、インタビューを通訳してくださった保護センター所長のソフォン・フィーさんに話を聞きました。彼によると、テヴィーさんは小学校にわずかしか通っていないので、質問にもうまく答えられなかったり、算数の授業についていくのが難しかったりしているそうです。

テヴィーさんをインタビューする前に、中学2年生まで学校に通ったあとに人身売買された若い女性をインタビューしたのですが、とても詳しく順序だてて話をしてくれました。

彼女は勇敢に自分の力で逃げ出した女性で、現在、アフェシップで洋裁の訓練を受けています。人身売買の被害を受けた少女たちが、それ以前にどれだけ教育を受けたかによって、その後の人生が大きく変わることを感じました

         保護センター所長のフィー・ソフォンさん。彼は、南ベトナム出身で長い間小学校の教員をしていた。アフェシップのプノンペンの保護センターには人身売買の被害にあったベトナム人少女が保護されることが多いため、彼のようにベトナム語を話せるスタッフは貴重な存在です。

 

 


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