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始める前に、たくさんの方の支援に感謝致します。
私のプレゼンテーションは女性の人権、子どもの人権に焦点を当てています。その中でも人権、民主主義に焦点を当てています。なぜならそれは全ての人の平等と開発に関係があると信じているからです。本当はみなさんにカンボジアの良いニュースをお届けしたいのですが、現在カンボジアにおける人権・民主主義の問題は危機に瀕していると言わざるを得ません。まず最新のニュースとして、2003年に行われた選挙、そして2004年にかけて組合のリーダーが人権の危機にさらされていることが挙げられます。2004年2月に、組合のリーダーで労働者運動のヒーローであったチアビチアさんが殺されました。裁判にかけられましたが、そこに連れて来られた容疑者というのは実際に殺した人ではありませんでした。その3週間後には、民主化運動をサポートする歌を歌っている女性の歌手が銃で撃たれました。幸運なことに生き延びましたが、今でも脅しにあっています。彼女はカンボジアにいると命の危険性があるので、現在はアメリカにいます。
今日はみなさんにTシャツをお持ちしました。これは私の娘によって描かれたものです。娘は20年間私の民主化に対する闘いを見てきました。現在はイギリスにいるのですがイギリスの大学に行く前にこの絵を置いていってくれました。右下にある絵は、先ほどの労働者運動の方のお葬式の写真です。そこには銃に撃たれて首から下が不随になった歌手のことが表されています。彼女は非常に美しい声の持ち主だったので、私が女性大臣だった頃、女性省のために歌を歌ってくれるように頼んだこともあります。左上にあるのはある母親の姿です。母親は強姦された娘を胸に抱えています。真ん中の赤い河のような所は、民主化のために流された血です。しかし娘が言うには、きつい辛い絵だけど、この中には希望があり、その希望は民主化のために闘う人によってもたらされる、というメッセージが込められています。このTシャツの売上げはカンボジアの子どもたちに渡されます。子どもたちの両親は人権のために闘っているがために隠れたりしなければならない人たちです。その人たちは労働組合のリーダー、教職員組合のリーダー、もしくは私のように野党に所属している人たちです。私は野党に所属していますが、私の発言は全て記録されていて、何かちょっとでも違ったことを言うとそれがメディアに取り上げられ、そのことによって訴追されるという危険が常にあります。
これからみなさんにお話するのはカンボジアの女性と子どものことです。タイトルは「女性と子どもにより良い明日が来るための民主的なスペースの創造」です。カンボジアでは1970年から20年にわたって虐殺が行われました。その紛争の中では、お寺や病院、学校が人を殺す場として使われました。地雷が人の命を奪いました。しかし、過去15年間にわたってカンボジアは再建、開発、平和への道を歩んできました。過去の危機的な状況から再建への道を歩むカンボジアに対して日本のみなさんがしてくれた支援に対して感謝したいと思っています。日本から得られた援助は、物理的な支援に使われました。道路や病院の建設、学校など、インフラストラクチャーと言われるところに使われました。
しかしながら、残された領域に教育の現場があります。女性の71%、男性の50%は読み書きが出来ません。6〜11歳までの少女の40%が学校に行っていません。そして若い女性の10%だけが学校に行ける機会を得られます。教師の給料は一日に1ドルです。このことが、教育の量ではなく質に、どのような影響を与えるかが分かると思います。また、若い女性が教育を受けられないという現実は健康の問題に大きな影響を及ぼしています。毎年2000人の女性が出産によって死んでいる現実があります。日本では出産による死亡はどのくらいあるでしょうか。日本の5人に対してカンボジアでは2000人が死んでいるわけですから、みなさんからの援助が良い質に使われていないということが分かります。
次は子どもに関することですが、毎年0〜5歳の子どもの6万人が死んでいます。女性の15%だけが避妊に対するアクセスがあります。人々は良いヘルスケアを得るために貯蓄をくずしたり子どもを売ったり土地を売ったりしなければなりません。カンボジアでは人身売買も深刻な問題であり、その大きな原因は貧困、そして家族の誰かが病気をしているということがあると言われています。どの女性も自ら進んで性産業に行こうとしているのではなく、強制もしくは騙されて入っていきます。
次は経済成長についてです。大きく分けて二つの経済成長がカンボジアに貢献しています。まず一つが衣料産業、もう一つは観光産業です。高校を出た16%だけの人がこの仕事を見付けることが出来ます。高校を卒業する人は毎年30万人いると言われていますが、たった16%しか仕事を見つけられないのです。工場では労働法がありますが、それを執行させるために組合が活動しています。よって、組合が抑圧のターゲットになります。現在のカンボジアの最低賃金は一ヶ月$45です。
次は家族についてですが、家族の在り方が非常に危機に瀕しています。理由として暴力の問題、そしてHIVの問題があげられます。土地と環境も非常に大きな問題です。まず、自然災害ですが、今カンボジアでは自然がどんどんなくなっており、同じ州もしくは同じ村が大きな自然災害を受ける結果になっています。それが人々に大きな影響を与えています。これまでにカンボジアの森林の70%が破壊されました。そのほとんどが違法な破壊や伐採です。そしてそれは政府や金持ちによって行われました。従ってカンボジアの森林で今残っているのは30%に過ぎません。そして、土地の喪失ということが女性に対して大きな影響を与えます。女性が土地を失っていたわけですが、まず土地を失うと不法占拠のような形に成らざるを得ません。女性は土地を失い、不法でどこかに住み着くことになります。住む所がなくなるばかりか、耕す土地もなくなります。現在、そういった女性の30%が危機に瀕していると言われています。そしてそれが女性にどのような影響を与えるかと言うと、まず感情的・心理的な影響があります。また、権力者もしくは力を持っている人からの脅しの恐怖の中で生活しなければならないということがあります。子どもは行く学校がなくなってしまいます。なぜなら両親が引越しを繰り返さなければならないからです。
次に土地問題の原因についてですが、貧しい人は借金のために土地を売らなければなりません。みなさん観光で行かれたかもしれませんが、観光地は非常に美しいホテルが建っています。つまり土地の登記をしている人たちがいるということです。そこにいるのは力を持っている人たちです。その人たちが更に土地を増やすために土地を取り上げます。貧しい家族、特に女性は土地をどのように登録すればいいのか分かりません。また、村の長もしくは地域の長が、そういった貧しい人々に土地を売るように言ったり、土地を一部寄付するように言います。その理由はコミュニティ開発のためだと言うのですが、実際は土地登記を目的とした闇企業に売られる場合が多いです。カンボジアの人々の80%は地方に住んでいると言われています。その人々は農業・森林・自然に頼って生きています。毎日少なくとも一つの州で農民たちが街に出てきてコミューン、もしくは村の事務所までデモ行進をしている姿を目にします。彼らは自分たちが騙され取られた土地を取り戻すため、それを要求するために行っています。その農民たちは国会にも来ようとするのですが、警察のやることはそこに来た農民たちをトラックに乗せて戻すことで、殺される人も非常に多くいます。最近の警察は電気銃や武力を使ってそういったデモをなくそうとしています。ですから政府はこういった人たちを恐れています。私を含めた野党の人というのは、こういった農民たちと対話をしようとします。そしてNGOなどの力を借りて法的な対策を取ろうとしたり、議会にケースを持ち込んだり、メディアに話そうとしたりします。従って政府は団結権や表現の自由を抑圧しようとします。
土地問題に関する解決策には、まず貧しい人々にたいする法的な保護がなされなければならないと思います。そして貧しい人々の土地のための保護がなされるべきだと思います。私たちは土地に関するとても良い法律を持っています。人々がどのようにコミュニティの土地を使えるかということなどを定めた良い法律なのですが、それが実行されていません。次に、貧しい人々、先住民や女性、障害を持っている人たち、エイズにかかっている人たちのためにコミュニティの土地を割り当てるということをする必要があると思います。しかし、政府は参加型のアプローチを歓迎する方向にありません。土地問題に対して法的なサービスを提供しているNGOはもっと支援を受けるべきだと思います。人権が守られること、平等が達成されること、暴力を根絶することが土地問題を解決するのに重要だと考えています。そして腐敗が根絶されなければなりません。特に司法の中の腐敗です。また、不処罰が根絶されなければなりません。権力を持っている人たちというのは、罪を犯しながら釈放されます。代わりに被害者が刑務所に入れられるという現実があります。次に、ジェンダーに基づいた暴力の話をしますが、その前に質問を受け付けます。
Q.今年の3月にカンボジアへ行き、日本とカンボジアの政府が非常に仲が良いと聞いた。日本の政府が仲の良いカンボジアの政府というのは、今人々を抑圧している政府のことなのか、それとも違うのか?
A.まず政府という時は首相のことであり、今の内閣のことで権力を握る人たちのことであり、今カンボジアにある連立政権のことを言っていると思いますが、与党というのはイコール政府に考えています。ですから私が確信を持って言えるのは、みなさんの政府、政府から派遣された大使というのは、どの国の大使もそうだと思いますが、そこで起きている状況を知らないわけがないというふうに確信しています。政府の政策というのはもちろん監視されるべきですけれど、政府の中の人々というのはみなさんによって選らばれた人たちです。ですからカンボジアの民主主義や人権が危機に瀕している今、私が日本に来た理由というのは、その政府を支えているみなさんにお願いしに来たのです。まず一つ目は、カンボジアの状況に気づいてください。そして気づいたのならばそれに向かって何かアクションを起こしてください。議員に今カンボジアの現状はこうですがご存知ですかと聞きに行くことも一つだと思います。ですからここに来られている先生や学生のみなさん、教育現場にいるみなさん、手紙を書いてください。特に今不当に拘束されている職員組合の組合長を釈放するようにという手紙を書いてください。この人だけでなく、他にも組合のリーダーや野党のリーダーが拘束されているのですが、同じことが言えると思います。みんなに表現の自由が保障されなければいけません。政策というのは人々の開発のためにあるわけであって、人々を不当に拘束することは出来ません。しかし、首相が拳を振り上げて、この人とこの人を逮捕するべきだと言ったらもう翌日にはそういうことが起こる現実があります。こういった現実を許している民主主義というのはどういった民主主義と言えるのでしょうか。女性や子どもや農村の人たちがきちんと生きていけるようにサポートしてください、首相の責任をきちんと明らかにするようにサポートしてください。現在すでに大きな紛争を経てきたカンボジアが再建するための開発や平和のために人権侵害というのは大きな影響が与えられています。従って援助の質を見てください。量ではありません。あまりにも援助があり過ぎるとそれは政治の腐敗を招くことになります。
Q.日本の善意ある人たちがカンボジアで小学校を建てたり寄付をしたり、カンボジアの農村に入ってコーヒーを輸出するような助けをしたり、JICAは女性の職業訓練のプロジェクトを始めたり、政府だけでなくいろいろな形でいろいろなルートから援助が行われていると思いますが、それは直接カンボジアの人たちの役に立っているのでしょうか?それともやはり現在の政府の人たちに利用されているのでしょうか?
A.まずODAの話をします。みなさんの政府からのODAというのは、いろいろなことに使われるのですけれども、省庁に入ってくるものがあります。私は女性省の大臣だったのですが、私が女性省にいた時に真新しいビルを買っていただきました。でもこれは例外でパフォーマンスと言ってもいいかもしれません。そしてJICAによってジェンダースタディーズもサポートされて女性の教育もされていますが、これらは省庁を通して政府に入ってくるお金です。まず省庁のなかで腐敗が進んでいる場合もあって、日本のODAなどの援助で農村開発のところに使われるべきお金、もしくは食料に使われるべきお金が失われてしまったということがありました。そしてインフラに使われるべきお金が失われてしまったこともあります。これは腐敗によるものです。そして日本の大使を始めたくさんの人たちがカンボジア政府に詰め寄ったところ、ようやくなくなってしまっていたお金が戻されたということがありましたけれども、そこまで至るにはとても大変なプレッシャーをかけなければ実現出来ませんでした。もちろん学校の先生や看護婦の人件費というのがあったりしますけれども、非常に強く言いたいことはカンボジアの政府がまず腐敗を根絶する強い意志を見せるまでは援助をしないでいただきたいということです。NGOや日本のみなさんは直接人々と一緒に活動する素晴らしい働きをされていると思います。
次はジェンダーに基づいた暴力に関するプレゼンテーションです。女性差別撤廃条約における女性に対する暴力の定義はこのようになっています。まず女性に対する暴力は、女性だということだけで起きます。そのような暴力は肉体的・心理的・性的な困難を女性に及ぼします。そして暴力というのは女性の自由と人権を奪います。カンボジア政府は92年に女性差別撤廃条約を批准しました。ジェンダーに基づく暴力というのは以下のようなカテゴリーがあると思います。
まず心理的・感情的な暴力、そしてこの暴力の中には脅し・辱め・言葉による虐待が含まれます。多くが家庭で起こります。それがドメスティックバイオレンスに関係します。カンボジアの文化では、男性の発する言葉があまりにも評価が高すぎ、それを人々が受け入れてしまう現実があります。そしてそれは沈黙の中で受け入れてしまっています。肉体的な暴力もあります。もちろん体に対する肉体的な暴力もありますが、食べ物・水をあげない、住ませない、眠らせないということも含まれます。性暴力もあります。性的虐待の中にはセクハラや強姦などの性暴力が含まれます。社会的な虐待としては、強制結婚、夫へ依存させるような関係があると思います。人身売買もジェンダーに基づいた暴力と言えると思います。カンボジアにおける人身売買の理由の中には貧困があります。人身売買の形態は性を目的としたものだけでなく物乞いというものもあります。今ではたくさんのカンボジアの子どもたちがバンコクやホーチミンで物乞いをさせられています。
男性も人身売買の被害者であります。毎日カンボジア−タイの国境を女性や子ども、そして若い男性たちが越えて行きます。彼らたちは職を探して国境を越えるわけですが、そこでは騙されて農業・漁業などに遣わされています。経済的な虐待も含まれています。女性からは意思決定をする力を奪います。どのような女性もいかなる暴力を受けてもいいということは決して言えません。全ての女性が安全に暮らすという普遍的な権利を持っています。何度も申し上げますが、女性や子どもたちの安全保障が保護されなければなりません。カンボジアは大変な暴力の時代を生きてきたわけですけれども、その時代が通り過ぎてもなお女性と子どもが暴力にさらされています。ポルポト政権による置き土産の暴力のことではなく、現在のことを言っているのです。カンボジアの司法の制度というのは、被害者の正義を確立するようになっていません。これはなぜかと言うと、システムがないのではなく、腐敗がその原因となっています。
私がやっているInstitute of Peace and Developmentという団体は学校教育を通して人権の意識を浸透させようとしています。それで国中の子どもたちを集めて子ども会議というのを開いています。先生たちに対して教室でどのように子どもや女性の権利を教えることが出来るかという訓練をしているのですが、そこに子ども会議から出た意見を使ったりしています。子どもたちによるメッセージは国会議員にも送られました。メッセージはここにあるような「DVや強姦や女性や子どもの人身売買を止めること、HIVの広がりを止めること」です。そして「女性に対する暴力や差別をみんなで一緒に止めることが出来るんだ、そして暴力に対して沈黙を破る、そして女性に対する暴力を許さない」ということです。こういった子どもたちからのメッセージというのは私に大きな勇気を与えてくれます。よく人々が私に対して、どうしてそんなに情熱的に活動できるのかと質問されますが、その理由がここにあります。子どもが困難な生活の中からこのような素晴らしいメッセージを出してくる、そういう言葉を聞けるということが私に勇気を与えています。
次に、人身売買について時間が押してきたのでちょっと早めにお話をしたいと思います。先ほど、カンボジアでは子どもや女性の人身売買が深刻な問題だとお話しましたが、どのように人身売買に取り組むのか、どのようにそれをなくしていけるのかということをお話したいと思います。再び申し上げますけれども、司法(法)に問題があると思います。政府が、法律を執行するのだという法律の執行に対する真剣な態度を見せなければいけないということが、第一の問題です。法の執行です。また、その法の執行をきちっとできるような環境を作ることが大切です。想像してみてください、もし1日に1ドルしか警察がお給料を貰っていない時に、人身売買の業者が何か賄賂を渡したら、おそらくこの警察は見て見ぬふりをするでしょう。そしてこれはその弱い司法の問題になるのですが、これが示している事柄というのは、まだ、権力を持っている人々が真剣に物事に取り組んでいないということの証明です。腐敗もありますし、昔ながらのシステムを踏襲して、それをきっちりやり直そうとする姿勢を見せていないということです。人身売買の話に戻りますが、人々の情報へのアクセスが大切です。どんな法律があって、どのようにその法律が人身売買の被害者を守るかということを知る、そういう情報です。次に、メディアの問題があります。おそらく日本も同じだと思いますが、メディアの中の女性の描かれ方に問題があります。メディアの中の女性はセックスシンボル、女性はセクシーであるべきものだ、セクシーなものだと描かれています。そしてもし強姦事件があったとしましょう。いつもとは言いませんが、メディアというのはそれをセンセーショナルに取り上げます。そういう取り上げ方は何の助けにもなりません。しかし、一方ではメディアは時々私たちの役に立つこともあり、一緒にやっていけると思うこともあります。例えば、子どもに対する性虐待、小児性愛というのがあります。まず、例をあげますと、カンボジアでは日本の人が子どもポルノのことで捕まって日本の中で日本の法律で裁かれたというケースがありますが、このようなことをメディアが取り上げることによって、それに対応している裁判官などが賄賂を受け取ったりするのをふせぐことにつながります。次に、社会的な価値観という問題があります。人身売買の被害者に対する烙印(スティグマ)というものが、女性が普段の生活に戻ることの大きな障壁になっています。
次にちょっとスピードをあげてドメスティックバイオレンスの話をしたいと思います。カンボジアにおけるドメスティックバイオレンス防止法は今年の9月に採択されました。私が2003年国会に最初のドメスティックバイオレンス防止法の草案を提出したとき、その草案は通りませんでした。どうして通過しなかったかというと、当時の議員がとても保守的で、私が提出した草案があまりにも革命的すぎるというような理由でした。現在通った法律というのは私が提出した法案とそう違いはしませんが、通過した背景には女性による大きな動きがあったからだと言えます。この法律はドメスティックバイオレンスを防止するための何らかの法律的なメカニズムを作り上げることをまず規定しています。その中に、ドメスティックバイオレンスの定義が書かれているのですが、その定義とは、家族に対する肉体的な暴力、性暴力、精神的暴力、そして、経済的な暴力が規定されています。家族というのは、同居している人全てです。ですから、何番目の妻であろうがその人が家政婦さんであろうが、同居している全ての人を家族と定義しています。
日本にはコミューンシステム(共同体)というのはないですよね?カンボジアには村という単位がありますが、村長さんは民主的な選挙によって選ばれるのではなくて、政党によって決められます。従って、25年間まったく同じ政党の議員が選ばれており、それは全て男性です。村の上の単位としてコミューンというのがあるのですが、コミューンの長というのが2002年に初めて選挙で選ばれることになりました。私が女性大臣の時、この選挙に女性の参加を呼びかけたのですが、その結果、選挙で選ばれた女性のコミューンの長が全体の8.9%に上りました。ドメスティックバイオレンスの法律によりますと、ドメスティックバイオレンスがあったと思われたときは、コミューンの長および警察は、介入できるというのではなく、必ず介入しなければならないと規定しています。
ドメスティックバイオレンスというのは家の中の私的な領域で起こる問題ではなくて、法的な問題であると言えます。ですから警察はまずドメスティックバイオレンスが発生したら加害者を探して逮捕し、それを司法のシステムの警察官に受け渡すという義務があるわけです。なぜこのドメスティックバイオレンス防止法が革命的と言われたかというと、刑法ではないのですが、初めて保護命令という概念が取り上げられたからです。この保護命令によって被害者の命を守ることができるようになります。これをどうにか通すために、私は大臣の時に沢山の保守議員と闘わなければなりませんでした。議員であれ、裁判官であれ、警察官であれ、保護命令が何かと聞いたことがない人だったからです。彼らは逮捕条令が何かというのは分かりますが、保護命令という概念を知らなかったのです。その当時、女性や子どものグループは、私も含めて、この保護命令が必要な理由として、ドメスティックバイオレンスがあった時にすぐ逮捕させたり、家族を別れさせたり、離婚させるのではなく、それまでに何らかの期間を設けることが必要だと説明しました。みなさんご存知だと思いますが、保護命令というのは加害者に行動の制限をします。私はここで男性ではなくて、加害者と言いました。なぜならドメスティックバイオレンスの加害者は両親ということもありますし、非常に少ないですが、女性ということもあります。加害者が家に入ることを制限したり、その他にも追加的な条件を付ける事もあります。私が大臣の時は、人権や女性、子どもの権利を保護する大臣としてみなさんが非常に歓迎してくれましたが、一方で、家族をばらばらにしてしまう人だという見方もされました。もしくはセックスワーカーを保護する大臣だと見なされていました。
この法律によって裁判所の役割にも新たなものが加わりました。まず1つ目は、保護命令を発行すること、そして、子どもの保護のためにNGOなど、子どもを助けるための社会的な団体を参加させなければならない、ということです。カンボジアでは今ドメスティックバイオレンスが非常に大きな問題になっています。毎日毎日新聞にドメスティックバイオレンスの記事が載るのですが、それを見るのも心が痛みます。ドメスティックバイオレンスというのは一過性のものではなくて、若者や次の世代に影響を与えます。子どもが暴力の現場で暴力の目撃者として暴力を経験して育ち、その暴力をいつかは振るうこともあります。これまでがジェンダーに基づく暴力のお話です。ここで一応みなさんの質問を聞いて、その後に、民主化のための提言に進みたいと思います。
Q.特にトラフィッキングの問題について伺いたいのですが、トラフィッキングと児童買春のスタディーツアーに行くのですが、特に司法の問題であるとか警察の問題、経済的な問題、カンボジアの文化の問題とか総合的な問題だと思うのですけど、トラフィッキングとかあるいは児童買春の問題について、外国のNGOがその中で何か効果的に働ける場所があるとすればそれはどういったところでしょうか?あるいは、現地の政府や、あるいはカンボジアのNGOがしなければいけないことがあるとすればどんなところでしょうか?
A.まず、国際的なNGOが今もう活動されているのはグローバルキャンペーンなどに参加するという役割を持っています。エクパットのような団体だと思うのですが、それによって、子どもの性的搾取を止めるというキャンペーンをしているように思います。それで、国際NGO、特に日本に特化して言おうと思いますが、みなさんに知って欲しいことは、まずローカルNGOとパートナーを組んで、まずみなさんがしなければならないことは、日本の性産業がそのままカンボジアに来ているということに焦点を当てることです。日本の男性たちがカンボジアに来て沢山の処女の女性や子どもたちを性的に搾取しています。そのような日本の性産業がどのようにカンボジアに来るのか、おそらく皆さんの方がご存知でしょうから、旅行団体やどういったツアーが含まれているのか、そういう事をターゲットにして活動するのが大変重要だと思います。
ローカルのNGOというのはケースの捜査、調査という意味では大変信頼のおけるNGOです。このように調査では非常に信頼のおけるNGOですが、ローカルのNGOというのは働き尽くめということもありますし、リソースに非常に限りがあります。財政難にも直面しています。したがって、例えばみなさんのところに法律を学べる学生のみなさんが来たら、その人たちがローカルのNGOのスタッフにできることは彼らに法律の視点で何か知識、トレーニングをしてもらうこともできるかと思います。おそらくこれは一方通行ではなくて、みなさんもそこから沢山のことを学べることができると思っています。 Q.
ドキュメンテーションセンターのドキュメンタリー映画で、道徳的にすごく厳しい取締りのあったクメールルージュの時代ですら、特に女性の囚人に対する性の暴力があったことをドキュメンタリー映画が暴露したという事実があったということで、こういう犯罪についての証拠を集めるのは難しいとは思うのですが、今度のクメールルージュ裁判で女性への過去の性犯罪が裁かれることによって今後カンボジアの社会で女の人たちがそういった性犯罪に対して声を上げやすくなるというようなよい影響が生まれるとお考えでしょうか?
A.まず、女性に対する暴力というのは法律の上ではもちろん、カンボジアでも犯罪ですが、たぶん質問の内容は頭の中の考えということだと思うのですが、クメールルージュ法廷に関して言えば、すでに誰が裁かれるべきか、というのは決まっています。それはその当時の、トップ5のリーダーたちが裁かれると決まっていて、もし、クメールルージュ法廷が公正な法廷になりえて、有罪判決が出たら、それによる効果というのは、おそらくカンボジアの人々がほんのちょっとだけ心が解放されるというか、そういった効果はあるかもしれません。しかし、その有罪判決を出すためには、とてもいい目撃情報、証拠が必要だと思いますし、それを証言するためには命を危険にさらさなければなりません。それと同時に、いい裁判官が必要だと思います。 もちろん判決が出るまでは、その人たちは推定無罪ですが、もし正当な法廷が開かれたら、誰が有罪になるかということはカンボジアの人々みんなが心の中で知っていることだと言えます。ただ、もし仮に有罪判決が出たとしても人々の思想、意識が変わるかどうかということは私には保障できません。なぜならば、非常に長い暴力の時代をカンボジアの人々は生きてきました。75年から今まで約30年間、長い長い暴力の時代を生きてきたわけです。その暴力はローカルのレベルでも扱われてきませんでした。というよりも、システムや政府のリーダーたち、そして政治そのものが暴力を処罰しないというやり方で、暴力を容認してきたという歴史があります。
Q.ジャーナリストのスガワラシュウと申します。人身売買問題を15年間位取材してきた人間なのですが、簡単な報告とこれからどうしたらいいかということに関して質問したいと思います。 今年の2月15日にソクアさんの政党のリーダーであるサムランシーさんと奥さんであるティアノンソンカーさんが日本にいらっしゃいまして、実はサムランシーさんは、国会議員であるにも関らず今のフンセン政権が逮捕するという命令を出して、外国に出ており、これは国際法上非常に問題があるということを訴えたということが1つと、日本政府に対して圧力をかけて下さいということで、みえたのですが、その時残念ながら内閣の人にはお会いできませんでした。ただ、自民党の一部の方、それから民主党、および野党の何人かの方に会って、問題を訴えることができて、それからマスコミにもこれを報道して下さいと言われ、JVCの熊岡さんと私で手分けをして色んなマスコミに急いで電話して小さな記事が載りました。その時のサムランシーさんの我々に対するお願いは、自分の非逮捕権があるにも関わらずそういう状況にあることは問題であるということを日本人に伝えて下さいということ、それともう1つ、こういった問題があるのでカンボジアに対するODAをもう少しよく考えて下さいということでした。それを何とか伝えたくて彼は日本に来ました。 このような状態だったのですが、つまり私が言いたいことは、日本の政党に対してODAの見直しというのはなかなか難しい状況にありますが、ただ幸いなことにここにいるメンバーの方はみなさんご存知ですけど、わが国が6月に刑法を改正して人身売買罪を初めて日本で適用することになってこれから警察が司法関係とかで動き出すことが楽観はできないですが期待できると思います。
それで、政府がそういう形で、つまり政府の考え方は相手の国は腐っても鯛という言葉がありますけれど、相手の国がどんな政権であれ、政権として認めて大きなインフラストラクチャーのためのODAを出す傾向があるわけですけど、考えを切り替えるのは難しい気がするのですが、幸いなことに人身売買の問題に関してかなり政府が真剣に論議してくれる状況があります。これを利用するという事に対して私たちに何ができるか、ヒントがあるのではないかと思うのですが。 貧困問題があってODAの問題なのですが、今、日本政府が人身売買法に関して動き出しました。例えば警察の人や司法の人が集まってバリプロセスという人身売買に関するプロセスなんかも動き出しています。それから1ついい動きとしては、日本の警察当局がタイの警察当局と話し合うということ、政治家の圧力によって今年から始めています。それからコロンビアの警察でも始めています。それからカンボジアに関してまだ動きがないんじゃないかと思いますけど、例えばこういったバリプロセスであるとか、あるいは二国間の警察当局司法当局の協議であるとか、そういうことを含めて、私たちがカンボジア側からリクエストがあれば、政府に対して圧力を与えて、突破口を開いていく、あるいは司法、リーガルアシスタンスという形になると思いますが、 そういうことで何かいいアイディアはございませんでしょうか。それを我々が受け止めて政府に対してロビーすることは可能じゃないかと思うのですが。
A.まずJICAの活動の優先順位の一番トップにグッドガバナンス、良い統治があげられています。こういうことにみなさんのODAから司法のリフォームなどを含めた援助がいくといいとまず言えるのではないでしょうか。そして、日本政府が人身売買を犯罪化するという変化は大変いい傾向だと思いますけど、私たちを含めてもっともっとやるべきことがあります。現在ではメコン流域のプログラム、人身売買防止プログラムなども始まっていますけれども、それらの中にトレーニングや能力強化のための援助、そしてモニターをするためのシステムを作るための援助という方向も有り得るかと思います。それらは政府を通してなされるものなのですが、現在の女性省の大臣もこの問題に非常に活発に取り組んでいます。しかし、あまりにも仕事量が多いし、人身売買に取り組むための仕事そのものが非常に大きな問題で、たくさんの機構が一緒になってやらなければならない大きな問題だと思っています。
Q.売春に従事している女性は非常に多く、私自身いろいろなカンボジアの街を回って見てきました。確かにそうしたところで女性は売春業者にコントロールされています。しかし一方で、民家のような軒先に赤いランプの下に座っている女性もいます。カンボジアの風土として根付いているのでしょうか?そして女性も稼ぐ手段がないため、あえて誰かにコントロールされていなくても売春をすることがあるのでしょうか?そして経済的な援助やトレーニングをする場所があれば自分でそこから出たいということがあるのか、また、そういった可能性はあるのでしょうか? A.どこにでも希望はあると信じているのですが、人身売買を根絶するためには5つの重要なものがあります。まず1つ目は防止。人身売買の被害にあうリスクをなくさなければなりません。そのリスクである貧困をまず改善するためには、貧困を誰が改善する役割を持っているのか、例えば人口の34%が一日50セントの収入の中で暮らしているという現状を改善する本当の責任者は政府だと思いますが、これは政府とNGOが一緒になって努力をしていかなければならないと思っています。次に、男性を含め、人々の意識を変えることがとても大切だと思います。現在の家族や社会が紛争戦禍の中で壊されて、社会の価値が壊されてきましたが、現在起こっている暴力をどのくらい過去の戦争のせいに出来るのでしょうか。女性や子どもを買うという風習があると言われますが、それが戦争のせいだったとどのくらい言えるのでしょうか。それは単に私たちの無責任からくるのではないでしょうか。もしそれが文化と言えるのであれば、私たちが持っている文化はどういったものなのかを考える必要があると思います。これらはODAで解決出来るものではなく、私たちカンボジア人自身でやる問題だと思っています。3つ目は訴追。司法の法律をどのように執行するかはすでにお話しましたからここでは省きます。4つ目は回復です。私たちの社会は、人身売買の被害者を差別するという社会構造になっています。被害者たちは社会的差別があるためほとんどの人が自分の家に帰ろうとはしません。
今カンボジアでは人身売買に関するドキュメンタリーフィルムが作られている最中で、タイトルは『バージンハーベスト』と言うのですが、そのディレクターと話をしました。そのドキュメンタリーフィルムは実話であり、サバイバーの視点から見たものです。その中の一人には、非常に力強い良く知られた有名なNGOの一人が出てくるのですが、その女性は若いころ人身売買の被害に遭いました。そのフィルムの中で、サバイバーの人たちは何度も何度も「私の精神・魂を返してください」と言います。この言葉は、12歳くらいの若い少女からも聞かれます。カンボジア語では、魂のことを“プロラン”と言うのですが、この言葉が私の頭から離れることはありません。私たちの国は国家として魂を失ってしまったように思います。12歳くらいの少女は「私の魂を返してもらわないと眠ることが出来ない」と訴えかけてきます。そのドキュメンタリーが出来たら東京でも上映されることを強く望みます。最後に、人身売買の問題は被害を受けた女性たちの話の表面だけに基づいて解決することは非常に難しいと思います。人身売買を取り巻くあらゆる全ての構造を見ていく、そして開発・人権の問題を含めて見ていかなければ解決出来ない問題だと思っています。
(当日通訳:アジア女性資料センター 松本真紀子さん、テープ起こし:国際子ども権利センターボランティア 野末智弘、林葵、井出郷美)
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